2018年5月28日月曜日

2018.05.27 粕尾峠と古峰ヶ原街道

● 明日からまた天気が思わしくないらしい。だとすると,今日は乗っておかないと,だいぶ間があいてしまうかもしれない。
 ではどこに行こうか。栃木県秘境探検ツァー(?)を進めるしかないか。2年前の八溝山に行って以来,中断していた(自転車自体に乗らなくなっていた)のを今年4月に再開して,鷲子山,茂木の入郷,深沢と走ってきた。
 難易度の低いところはこれで終わったと思う。これより先は中級編,上級編になる。

● これまた長らく中断している“私家版ツール・ド・栃木”も再開せねば。基本的にはこちらを先にして,秘境探検ツァーなどというのはその後がいい。
 が,“私家版ツール・ド・栃木”は泊を伴うことになるので,ちょっと先に回して,今日は秘境探検ツァーに出ることにする。中級編になるか上級編になるか,行ってみなければわからないけれども,鹿沼の秘境を走ってこようと思う。

● いったん氏家に出て,293号で鹿沼に向かうことにした。このコースは遠回りになるんだけれども,走りやすさを優先することにした。
 一度,このコースを鹿沼まで走ったことがある。そのときの記憶に基づいてそう決めたんだけど,特に走り安いわけでもなかったかな。

● オートバイのライダーが多かった。徒党を組んでブイブイ言わせている。今どきオートバイに乗って悦に入っているのは爺に決まっている。
 ぼくの後に付いてくるオートバイがあった。因縁でもつけようとしてるのか,こいつ。そうじゃなくて,すぐ先のコンビニで立ち寄る手はずになっていたようで,そこに向かうところだったらしい。すぐそこだったので,ぼくを抜いていくのが面倒だったのだろう。
 コンビニの入口前で爺たちがヤンキー座りでたむろっていた。爺になっても徒党を組まなければ遊べないとは,哀れ惨憺たるやつらだ。いや,待て。爺になっても一人でしか遊べない方が哀れか。

● 自転車のライダーも多い。こちらはだいたい一人。十字路で信号待ちをしていたら,目の前をキャノンデールに跨がった若者(といっても30歳は過ぎているだろう)がこちらに挨拶をしてサッと通り過ぎていった。カッコいいなぁ。若さだよ,山ちゃん。
 ぼくもあの年齢のときに自転車に乗っていればなぁと思わぬでもない。が,その頃って自転車の低迷期で,その発想を持てなかったのだから仕方がない。
 当時もチャリダーはいた(チャリンコ族などという言葉があった)。彼らの中の誰かが書いた自転車本を読んだこともある。それでも自分も乗ってみようとは思わなかったのだから,これはもうしょうがないのだ。

● 日光街道と交差。徳次郎の集落だ。これ,トクジラと読むのだと思っていたのだが,信号機の標識板にはtokujirouと書かれていた。地名は文字よりも音が重要だ。もともとはトクジラと言っていたのではないか。徳次郎という字をあてたのがいつの頃かは知らないけれども,文字に引きずられて地名の呼び方が変わってしまうのだとしたら,はなはだ宜しからずと思う。
 江戸期には,日光への宿場町として栄え,賑わっていたというのだが,今はバーミヤンのしゃぶしゃぶ食べ放題のポスターが異彩を放っている。

● さらに進むと,「ろまんちっく村」が現れた。その存在は知っていたけれど,訪ねたことはない。どんなところなのか覗いていくことにした。
 巨大な道の駅だな。賑わっていた。けっこうなことだ。

● 次は多気不動尊。寄っていこうかと思ったけれど,参道の勾配を見て,その思いは瞬殺された。こんなところを登っていけるはずがない。
 ところが,その参道を自転車で下ってくる人がいるのだ。ここを登ったのか。どこかに別な進入路があるんだろうか。たぶん,後者だ。
 ここからは大谷も近い。いずれ,多気不動尊と大谷を訪ねるために休日に自転車を漕ぐことになるだろう。

● 愚直に293号を進み,大門宿の信号を右折。県道鹿沼足尾線に入る。すぐにコンビニ(ミニストップ鹿沼樅山店)が現れたので,人間エンジンにガソリンを飲ませることにする。
 イオンのプライベートブランド(TOPVALU)のお茶があった。このコンビニはイオン系列らしい。エネルギー補給は納豆巻きとチーズタルト。納豆を喰っとけば何とかなるという納豆信仰。ポパイにおけるほうれん草のようなものだな。

● この路線に入ってもオートバイ野郎が多い。徒党を組んで走りやがる。
 ロードバイクともすれ違う。そう,すれ違うのだ。足尾から登ってきたんだろうか。ほぼ全員がサイクルジャージを着ている。ぼくはTシャツに半ズボンで走っている。もちろんヘルメットはかぶっているし,手袋もしているけど。
 姿格好が実力を現している。ぼく,あなた方よりヘタレですよと語っているようなものだ。それでいいのだ。

● これだけはやらないと決めていることが2つあって,ひとつはビンディングペダルの使用。もうひとつはサイクルジャージの着用だ。
 ビンディングペダルはペダルを引きあげる力も推進力に変えるから,使うか使わないかで出せる速度が違ってくると言われるし,サイクルジャージも空気抵抗を減少させるらしいんだけど,そもそもそのレベルを云々するほどの力がぼくにはない。普段着で走る親父サイクリストでいいのだと居直っている。

● 山肌が削られている。何ごとかの工事をしているのだろう。こういう光景を目にすると,そのようなことはしない方がよいと思ってしまうのだが,その多くは素人の感傷なのだろうな。
 道路に沿って流れているのは思川。思川を上流に遡る行程でもある。この川が小山市内を流れて,JR両毛線の駅名にもなっているわけだ。何のつながりもないことだが,両毛線が思川駅に着くと,韓国の洛東江駅(慶全線)を思いだす。川の雄大さはだいぶ違うのだが。洛東江駅,現在は旅客扱いを停止しているらしい。ほんと,どうでもいいことで申しわけない。

● 下粕尾をあっという間に過ぎて中粕尾に入る。この中粕尾が広い。行けども行けども中粕尾。
 上粕尾の標識を見かけたときは,やっと上まで来たかと思った。上粕尾はどこまで続くか。粕尾峠までだ。この時点でだいぶ上ってきた感があるんだけれども,本格的な峠越えはこの先だ。
 ここで給水休憩。自販機があったのでキートレモンを。

● しばらくは余裕だったのだが,給水ではない休憩を取ってしまった。40歳くらいのライダーがぼくに挨拶をして登り去っていった。息は荒かったが,ギアを余している。凄いものだなぁと感心して見送った。
 休むと足が軽くなるので,ギア比最大で登り始める。が,500mも行かないうちにまた休んでしまった。こんな調子だと,あと10回も休めば粕尾峠に着くだろうか。

● 実際にはこのあと休むことはなかった。なぜなら自転車を押して歩いたからだ。通算で500mはそうしたかもしれない。つづら折りになると帰って楽になる。勾
配が緩くなるからだ。
 それでも歩く局面があった。そこへ下りの車が止まった。窓を開けて美しいご婦人が声をかけてくださった。上まで登るんですか。えぇ,近いですよね。えぇ,まぁ。というやりとりをして,逃げるようにぼくは去った。なぜなら,このとき歩いていたからだ。恥ずかしいところを見られてしまったという羞恥心ね。

● この先が峠かと何度も思った。が,そのたびに裏切られた。粕尾峠は遠いのだった。
 それでもやっと,着いた。ここが峠か。木々に囲まれているので,はるかに足尾連峰を臨むというわけにはいかないけれども,しばらくウロウロしてしまった。

● このまま直進して降っていけば足尾の里。右に進路を取る。県道草久足尾線,通称,古峰ヶ原街道だ。
 その古峰ヶ原街道に入ると,景観がだいぶ変わる。那須を思わせる高原の様相を呈する。もちろん,那須に比べると,面積は猫の額ほどに思われるのだが。

● 山ツツジが咲いていたり,紫色の藤の花があったり,道路沿いの風景も心和むものだ。けれども,ぼくは意気消沈している。古峰ヶ原街道は上りだったのだ。
 粕尾峠がこのあたりの最高地点だと思っていたのだ。最初から下りだと思ったのだ。上りに対応できる脚力などもう一滴も残っていない。遠慮なく押して歩いた。
 しかも,この上り,すぐには終わらなかった。1km,いや2kmはあったか。その間,ほとんど歩いてしまったのだ。

● 下りになると,いきなりかなりの勾配。粕尾ですれ違ったライダーの中にはここを登ってきた人もいるんだろうか。だとすると,超人だな。こんな急坂,ぼくは絶対に登れない。ほとんどヒルクラ
イムのコースだと思う(→地元ではヒルクライムコースのアピールもしていた)。
 ブレーキを使いすぎて手に力が入らなくなりそうだった。下りで休憩したのは初めてだ。

● とはいえ,深山の霊気というか冷気というか。めったに味わえない空気が染みてくる。つがいの猿が(猿につがいがあるのかどうか知らないが)道路を横切っていた。
 だいぶ下ってきたなと思ったところに古峯神社があった。土産物店が軒を連ねている。かなりの賑わい。
 この神社も天狗印だ。修験道が始原なのだろう。霊験あらかただったのだろうか。商売が巧かったのだろうか。これほどの大神社に成長した。
 っていうか,勝道上人の日光開山の由緒を持ってるからね。

● 下ってここに来たので,ここは低地なのだと勘違いしてしまった。この場所なら奥宮があるのではないかと思った。が,鹿沼市街からここに来るにはかなり上らなくてはならない。とすると,奥宮はないんだろうな。
 横根山にある「深山巴の宿」に奥宮を祭ってあるようだ。が,それは比較的最近のことではないか。もっとも,社などなくても,「深山巴の宿」それそのものが奥宮であったろうかな。

● 土産物店などなくてもいいからコンビニがあって欲しい,と切に思った。コンビニの1人分の働きが土産物店の10人分の働きに匹敵するだろう。いや,そういうことではなく,土産物店に欲しいものはないからだ。
 鳥居がいくつもあって,入る人も出る人も一礼している。そういう人たちを善男善女と呼ぶのは間違いだ。そんなことで今までの罪科が許されると思うなよ。意地悪くもそう思ってしまうのだ。
 
● 古峯神社を出発。しばらく行くと瑞峯寺がある。鳥居があった。明治の神仏分離の前は,これがあたりまえの風景だったのかもね。古峯神社とのつながりも当然あったのだろう。
 ただ,今日は通過するしかなかった。“一の鳥居”近くの石裂神社も通過。
 このエリアは相当に濃いものがありそうだ。サイクリングの途中に立ち寄るのではなく,そのためにわざわざ来るべきところだろう。
 しかし,鹿沼市街から古峯神社まででも自転車で行く気になるかというと,謹んでご遠慮申しあげたい。“一の鳥居”までなら行けるだろうけど。

● 大芦川に沿ってどんどん下る。いや,古峯神社から鹿沼市街まではかなり遠いのだった。下りだから苦にはならないけどね。
 293号で帰るのは億劫になってきた。短い距離ですむ宇都宮経由にしよう。というわけで,県道宇都宮鹿沼線を進むことにする。この路線の坂などは坂のうちに入らないね。気持ちいいほどスイスイ走れるんだわ。
 途中,コンビニ(セブンイレブン鹿沼府中町店)で栄養補給。塩だいふくとチーズケーキ。すぐにエネルギーに変わってくれるもの。

● 宇都宮の市街地に入って,この県道の旧道を進んでいくと,ユニオン通りに出る。したがって,オリオン通りに直結する。日曜の夜,オリオン通りは若者たちで賑わっていた。溢れるほどにお客さんが入っている居酒屋もある。
 オリオン通りには賑わいが戻っているんだろうか。何だか,とてもすごい発見をしたような気分になった。

● 走行距離は147.67km。距離はいずれにしても,今日のコースはぼくには難易度が高すぎた。この先の栃木県秘境探検ツァーも,自分の脚力では相当に難儀するだろう。
 いったん棚あげするかな。といって,難儀しないだけの脚力がつくかといえば,年齢的にも持って生まれた体質的にも,その可能性はきわめて低い。いったん棚あげすれば,そのままお蔵入りになるだろう。