2011年4月17日日曜日

2011.04.17 小山まで往復

● サイクルコンピュータがないので確かなところはわからないんだけど,ざっと地図上で測ったところでは片道51キロだった。ので,今回初めて百キロの壁を超えたことになる。超えたことにする。体感でもその程度は走ったかなと思える。

● 4号線を南下するのは億劫なので,往路は鬼怒川の堤防を走った。柳田大橋から先は大規模自転車道になる。途中までは昨年の夏に走っているので,今度が二度目になる。快適に走れる。最もストレスと負荷の少ないルートだろう。
鬼怒川大規模自転車道。右が自転
車道で左が管理用道路。
右側を走行している自転車はほぼ皆無。
 田川と合流した先で大規模自転車道は終わりになる。が,その先も管理用道路という名称のサイクリングロードがJR水戸線の線路の交差部まで続いている。
 途中,大泉橋の旧橋を撤去する工事をしており,通れなくなっている箇所があって,迂回路がわかりにくいところがあったけれど,大きな問題はなかった。その線路の前で一般道に降り,踏切を過ぎるとすぐに国道50号に至る。

● ここまで来ると遠回りになるんだけど,どうせなら50号までは鬼怒川に沿って走りたかった。また,この行きすぎて戻るという行程を入れないと百キロにならない。
もうすぐ国道50号
 50号(旧道)を西に水戸線の4駅分を走る。小田林で新4号と交差。さらに西に直進し,宇都宮線の線路にぶつかったところで北に進路を変更。踏切を渡ると,小山のもとからの市街地というわけだ。
 9時半に家を出て,2時間半で着いた。平均時速20キロ。

● 鬼怒川の自転車道ではロードバイクに何度も抜かれた。ぼくより年寄りもいた。例外なくレーパンに身を包んでいる。ケイデンスというらしいのだが,ペダルを漕ぐ回転数を一定に保って走行している。要するに正統派ですね。スピードそのものではなく,回転数を一定に保つことが大切だとたいていの自転車本が説いている。
 その回転が速い。ぼくも彼らに合わせて漕ごうとしたんだけど,とてもできない。もちろんギアを軽くすればできるんだけど,そうすると同じ回転数でもこちらのスピードが落ちる。自転車の違いやペダルの違いもあるんだと思う。が,彼らは自転車にかける情熱がぼくとは違うのだと思った方が早い。

● 小山に着いてからは,市内をポタリング。思川の右岸の桜が満開で多くの人が花見をしていた。観晃橋を渡ってその様子を見に行った。
思川堤防の桜
 道路を挟んで白鴎大学がある。付近には学生をあてこんだアパートがいくつもあって,ここは作新大学とは違って学生街の趣がわずかながら漂っている。
 グラウンドではサッカー部の部員たちが練習をしていた。若者がエネルギーを発散している様はなかなかいいものだと思った。
白鴎大学


● 復路は4号線を小金井まで走り,県道栃木二宮線をひたすら東に。幅員が狭くて走りにくい道路だ。次に小山にいく機会があれば,この道路は敬遠したいところ。自治医大まで4号線を走って,同じ県道の笹原二宮線を走った方がいいようだ。

● 二宮の市街地を抜けて五行川のサイクリングロードを辿る予定だったが,途中から風が出てきた。南風のようだったので,鬼怒川の自転車道で帰ってしまおうと思った。追い風になるから。
 のだが,ちょうど大泉橋の撤去工事をやっている箇所で,自転車道に入れない箇所だった。結局,当所の予定通りになった。

● 途中,本吉田のコンビニで休憩。二宮の市街地を抜け,五行川に達したときにはかなり疲れていた。ここまでで20数キロは走ったような感じ。この先はたぶん30キロ程度だろうから,どんなに少なく見積もっても間違いなく50キロは走ったろう。

● サイクリングロードに入れば追い風を受けてグイグイ進めると思っていたのに,タイミング悪くその頃には風向きも変わったようだった。

● 昨年,下館まで走ったときには,帰りに真岡の日赤病院が見えたときには,ある種の懐かしさを感じてホッとしたものだが,今回はそのようなこともなく,ただただペダルを漕いだ。200キロ走るにはこの程度で音をあげてはダメだと言い聞かせてね。
 「道の駅はが」で休憩し,家に到着したときには疲労困憊。小山を4時半に出て,帰宅は8時。往路より1時間ほど余計にかかった。握力がほとんどなくなっていた。

● とはいっても,初めて真岡を往復したときに比べれば,まだ余力があった(帰宅後すぐにヨメを乗せてスーパーに行くことができた)。疲れてからの粘り?が違った。自転車を漕げる体がそれなりにできてはいるようだった。
 ともあれ,次は200キロへの挑戦だ。前に書いたように,コースとしてはわが家から日光,足尾,桐生を経て帰宅するルートを考えている。