2018年7月24日火曜日

2018.07.23 栃木版富士ヒルクライム

● 今日の下野新聞。鹿沼にも富士山がある。その富士山を登るヒルクライムレース。
 日本で最も短いヒルクライム。700mで標高差が40mあるんだから,けっこうな勾配じゃありませんか。けっこうな勾配であっても,700mならぼくでも走れるかも。

● 鹿沼といえば,古峰原街道は本格的なヒルクライムのコースになると思う。鹿沼市内から古峰神社まで走るのも,ぼくは御免こうむりたいが,古峯神社から先はさらにきつい勾配が続く。腕(脚)に覚えのある人向けだ。
 で,そういう本格コースなら,じゃあヒルクライムレースを企画しようかとなるだろうが,700mの小山で日本一短いヒルクライムをやろうよというのは,ちょっと面白いんじゃないか。
 成功してほしいぞ。ぼくは出ないけどね。順位がつくレースはやだもんね。

● 何でやなのかといえば,腕(脚)に覚えがないからだよね。年も年だしね。シニアという枠を設けてもらいたいよ。
 それでも出ないけどね。第一,年寄りの冷や水って言葉がある。

● 自転車の楽しみ方は,人の数だけある(かどうかはわからないけど,かなり多様だよね)。ぼくはぼくの体力と年齢に合わせた楽しみ方で自転車と付き合いたい。
 って,その付き合いが途切れているわけだけど。ケガはだいぶ良くなってきたんで,あとは自転車を修理するだけなんだが,この暑さだと,何だか乗りだすのが億劫でね。しばらくいいかぁと思っちゃったり。

2018年7月10日火曜日

2018.07.10 自転車関係のイベント

● 右は今日の下野新聞。プロのロード選手と一緒に那須高原を100km走る。休憩所では食べ物もふるまわれる。楽しいだろうねぇ。
 これからはプロ野球チームやプロサッカーチームよりも,ロードレースチームを抱えている方が,その地域のイメージアップに資すると思いますよ。

● では,おまえはこうした催しに参加するつもりはあるのか,と訊かれると,ノーだなぁ。足を引っ張っちゃいそうで申しわけないからな。

● というのはウソで,ぼく,こういうのは苦手。団体行動というのか集団活動というのが。単独で動きたいんだよね。コースを決められるのはいいんだけれども,一人で走りたい。
 こうしたイベントでも,結局は一人で走ることになるんだけど,集団参加がごろごろいるだろうから,どうも気圧されるところがあるんじゃないかと思ってね。場違いなところに来てるなぁと思うだろうな,と。

● このイベントが終わってから,一人で同じコースを走ってみるのはありかもしれない。その方が気楽でいいや。

2018年7月9日月曜日

2018.07.05 自転車復帰に向けて

● 1週間ぶりにFクリニック。リハビリ,2回目。あと2回で終わりそうな感じ。もう,自転車にも乗れる状態。腫れもだいぶ引いてきた。
 あと,折れた前歯も治さないと。何気に鬱陶しい。

● もっと鬱陶しいのは,自転車復帰に向けて,相方の勘気をどうにかしなければならないことで,さてもさても厄介なことだ。
 消極的同意で充分なので,何とかせねば。一応,理論武装(?)はできているので,彼女の機嫌のいいときに,交渉開始と参りたい。

● 職場の女性同僚を相手にシミュレーションもやっていて,そのときは完全勝利。まぁ,これは竹刀か木刀で斬りあったようなもの。しかも,相手方が大きく手加減してくれたわけで。
 真剣での斬り合いとなるとね。理屈は通用しないだろうしな。ということは,理論武装じゃ武装にならない。泣き落としの方が効果的かなぁ。ある種の雰囲気を作って丸めこむという形しかないかねぇ。
 さても,さても。

● いやいや,頑なにもう自転車に乗るなとは言わないと思うんですよ。そこはね,許してくれると思いますよ。
 いい奥さんですから。うちの奥さん。

2018年7月1日日曜日

2018.07.01 つくば霞ヶ浦りんりんロード

● 右は最寄りのJR駅にあったパンフの表紙。茨城県はサイクリングロード王国と呼ばれている(らしい)。
 “つくばりんりんロード”は,岩瀬から土浦までの約36kmのサイクリングロード。筑波鉄道の廃線敷をサイクリングロードにしている。7年前に途中(真壁の少し先)まで走ったことがある。
 で,その“つくばりんりんロード”と,霞ヶ浦を一周するサイクリングロードが接続されたようで,それを“つくば霞ヶ浦りんりんロード”と称するらしい。

● 霞ヶ浦って,中禅寺湖より少しは広いんだと思っていたんだけど,一周すると140kmになるらしいんだね。中禅寺湖よりだいぶ広いってこってすな。
 ということは,わが家から岩瀬,土浦とたどって霞ヶ浦を一周して帰ってくれば,300kmを超えるロングライドになりそうだ。

● おっしゃー,やってやろうじゃないか。と思ったんだけど,ぼくはその自転車で転倒して骨折中の身。
 先週,固定具が外れた。こうなりゃこっちのもんだ。というわけで,その後は病院に行っていない。リハビリが必要だと言われているんだけどね。行った方がいいんでしょうね。

● あと,自転車も骨折したんだけどね。タイヤが損傷した。ホイールには異常ないと思うんだけど,病院(販売店)に持ちこんで見てもらう必要がある。
 が,こちらは病院に連れて行けてない。奥様がそのままでいいと仰る。

● このあたりをサッサと片づけて,復帰したい。事故ったのは5月29日で,もう1ヶ月が過ぎたのだし,梅雨も明けたんだからね。

● ちなみに,7年前に途中まで行ったというのは,それ以上進んでしまうと,その日のうちに家に戻れなくなりそうだったからだ。
 7年前と今を比べて,今の方が体力に恵まれているなんてことはあるはずもない。体力は確実に落ちているはずだ。

● あのときの自転車は重ったるいクロスバイクだったのに対して,今はまともなロードバイクだ。
 その違いが,体力が落ちたのを補ってくれるだろうと思っている。さらに,途中までしか行けなかったのを,土浦まで行けて,なおかつ霞ヶ浦を一周したうえで,自宅に帰還できるまでにしてくれるのではないか,と思っているのだ。

● ロード経験はまだ2ヶ月に満たないのだけれども,体力のない人ほどロードに乗った方がいいと思っている。自分は体力も運動神経もダメだからロードなんておこがましい,とは思わない方がいいのだ。
 逆なのだ。体力のない人はロードじゃないとまともに走れないのだ。

2018年6月26日火曜日

2018.06.26 黄金の左(?)が復活

● Fクリニックで左手のレントゲン検査。骨がくっついたようだ。
 痛みがなければ,固定具を外してリハビリに移りましょう,と先生。まぁ,嬉しいお言葉。
 あのね,骨折部の痛みは最初からなかったんですよ。ほんとなんです。痛くはなかったんですよ。はいはい,リハビリしましょ。固定具,外して下さい。早く,早く。

● というわけで,今日で固定具が外れた。
 もう左手が蒸れることはないのだ。痒くなることもないのだ。隙間からペーパーナイフをさしこんで手の甲をかかなくてもよくなるのだ。臭いを発することもないのだ。左手を気にせず風呂に入れるのだ。
 やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!! 何という開放感だ。矢でもライフルでもマシンガンでも持って来いっ。今なら,受けて立ちましょう。

● 1ヶ月も固定されていると,固定されていたところは,患部じゃなくても,固まってしまうんですなぁ。左手ではグーを作れない。パーも作れない。小指と薬指は曲がったままでまっすぐに伸びない。それ以前に,手首が曲がらない。
 なるほど,人間の体のパーツは使わないでいるとこうなるのか,と自分の身体で実感できたよ。
 筋肉もそうだし,脳もそうだよね(たぶん)。使わないでいると固まるんだよ。しかも,短期間で固まるんだな。

● まぁ,脳に関してはさ,普通に生活してれば固まることはないだろうけどね。ことさら頭を使おうとする必要はないよね,おそらくね。
 むしろ,朝から晩まで自室で読書三昧なんてことをやっていると,刺激が単調になって,惚ける原因になるかもしれない。
 だから,普通に生活していればいい。それで惚ける人と惚けない人がいるわけだけど,自分がどちらになるかは運に任せるほかはない。

● さて,リハビリだ。風呂に入ったときは,グーパー,グーパーとやってみてくれ,と言われた。
 ごめん,そんなことやらないよ。幼稚園児じゃあるまいし。リハビリのためのリハビリなんかやりたくないよ。

● パソコンのキーボードを叩いても大丈夫ですかと訊いたら,リハビリになるから大丈夫どころか大いにやりたまえ,ということだった。ただし最初はできないだろうけどね,と。
 バカを言っちゃいかんよ。こちとら,くっ付く前から,大々的にやったことがあるんだよ。
 仕事で必要ならできるんだよ。ニッポンのサラリーマンをなめちゃいかん。

● ということで,必要に迫られて動かさなければいけないことをやって,リハビリに代えようと思う。つまり,仕事が一番のリハビリになるだろう。
 これもパソコンで打っているんだけど,ほぼ完全にタッチタイプができる。左手の薬指も小指も,それぞれのポジションを担当している。
 ぼくらはそんなもんなんだよね。悲しいことに。

2018年6月24日日曜日

2018.06.24 自転車事故で骨折,その後 2

● 左手が使えないと,困るのが体を洗うことだ。右手で右手を洗うことはできないのだ。
 相方が洗ってくれるんだけど(ありがたいことだ),だんだん(回数が重なるごとに)介護されてるような気分になるんだよね。
 でね,介護されるって,それ自体,いい気分のものじゃないんだわ。

● だものだから,その不快な気分から逃げようとする。自分でやろうとする。
 といっても面倒なものだから,やらなくてもいいかと思いがちになる。風呂なんか1日くらい入らなくたって死にやしねー。

● 介護の現場では介護者がけっこう苦労してるんじゃないかと思う。作業それ自体じゃなくて,被介護者のわがままを持て余すという意味で。そのわがままは,介護されたくないというところから来ているんだろうな。
 早く介護ロボットが実用化してほしい。相手がロボットなら,介護される不快さはかなり減じるんじゃないかと思うので。

● 液体のボディソープより固形石鹸の方が扱い易いのも発見のひとつ。
 紙やすりの目の細かいやつを両面テープで壁に貼りつけておくか。石鹸をぬった右手をそこにこすりつければ,垢が取れてきれいになるんじゃないか。
 という,ヤケクソな妄想を抱いたりもする。

● こういうことにでもならなければ気づくことができなかったことは,いろいろある。
 が,事故なんかやらない方がいいに決まっている。やってしまったものだから,それを合理化する心理が働いている。

2018年6月20日水曜日

2018.06.20 メカに強くならないと

● 先月29日に転倒して左手を骨折。ハンドルを握れないので,自転車には乗っていない。左手の固定具が取れたら早速にも復帰したいんだけど,当分先になる予定。

● ところで。自転車乗りとしての自分を省みると,からっきしダメなところが2つある。
 ひとつは,坂に極端に弱いこと。もうひとつは,メカに通じていないこと。

● 坂に弱いのは仕方がない。今更それを矯正しようとは思わない。いくら何でも年齢的に無理め(ただ,ある程度は何とかしたいねぇ)。自分に応じた乗り方をすれば良いだけだ。

● が,もうひとつの方は何とかしないと。メカは実際にいじってみないとどうにもならない。畳の上の水練をいくらやってもダメだ。かといって,いじり方を知らないままいじるわけにもいかない。
 ので,強制休暇中のこの時期に,こんなものに目を通してみようと思っている。

2018年6月19日火曜日

2018.06.19 自転車事故で骨折,その後

● 6月9日。
 辛抱たまらず,左手の包帯を解いてしまった。蒸れて蒸れて。臭いたつようだ。何度も石鹸で洗い流したんだけども,臭いが完全には取れない。
 その左手をしげしげと見る。老人の手だなぁ。依然として腫れが引いてないから,なおさらそう見えるんだが。万物は生々流転し,諸行無常の風が吹く。
 あと2週間もこの状態が続く。気が滅入るっていうんじゃないけど,多少ウンザリはする。自分の不注意が原因だから,人を恨まないですむのが救いといえば救い。

● 6月12日。
 週に2回,Fクリニックに行って,包帯の交換をしてもらっている。2回に1回はレントゲンを撮る。
 で,今日,レントゲンを撮ったらせっかくくっついていた骨が離れているというかずれていた。先生に苦情を言われ,ヒラメのように(?)謝った。
 その結果どうなるかというと,小指が内側を向いてしまう。グーにすると自然と小指が薬指の内側に潜りこむことになる,と言われた。

● 原因はハッキリしていて,9日に包帯を外して,手を洗ったことだ。そのとき固定されていた小指と薬指を思いっきり動かした。しかも,何度も何度もそうやって洗ったのだ。動かしてはいけないらしかった。
 いやいや,じつはもっとひどいことをしていたのだ。10日に再び固定具を外して,1日,パソコンのキーボードを叩いていたのだ。もちろん,タッチタイプでなければ埒があかないので,左手の小指も薬指も容赦なく酷使した。左手小指が重要なポジションを担当していることを痛感した。

● パソコンが使えないと,いろいろ滞ってしまう。10日の作業で滞っていたものがほぼ流れて行った。スッキリしたというか,気がかりが消えたというか。
 ので,小指が内側を向くくらいは何でもないと思っているけれども,とはいっても,良い子はマネをしないように。

● 6月19日。
 Fクリニック。骨折した左手のレントゲン撮影。どうも芳しくないらしい。
 また,動かしましたか?
 いえいえいえ,前回叱られたので,そのあとはずっといい子にしてましたよ。
 新しい骨細胞が周りを包んで行くらしいのだが,それがあまり進行していないようなんだな。老齢ゆえだろうかな。老いる悲しみってやつか。くっついているのをわざわざズラすようなことをしたのが,最も効いているんだと思うんだけどね。

● ともかく,先生は冷たくひと言。続行だな,と言って,ニヤリと笑った。
 というわけなので,左手の固定具はしばらく外れない。

2018年6月16日土曜日

2018.06.16 自転車用のスマホホルダー

● スマホを使って自転車走行のログを取るのは,自転車乗りならたいていの人がやっている(と思う)。
 長距離走行でもGPSロガーの代わりにスマホを使いたいとなると,スマホを自転車にホールドする必要がある。
 その際に参考になりそうな記事がこちら

● ブルベのような長距離になると,充電バッテリーも一緒にホールドできると便利。それができる製品もいくつかあるようなんだけど,誰か人柱になって試してみてくれないかな(→おまえが人柱になれよ)。
 この記事でもトップチューブバッグをホルダー代わりに使うのが紹介されているんだけど,ホルダーじゃないのをホルダー代わりにする斬新な方法なんか,教えてもらいたいものだな。

● ネットでは「自転車でGO!」とかBABMANTIの「フレームバッグ スマホホルダー」なんかが,ひっかかってくるんだけどね。いずれも防水機能を備えているのが,安心といえば安心。ぼくのスマホは防水じゃないんでね。
 充電バッテリーも一緒にとなると,見た目がかなり大仰になりますなぁ。これは仕方がないんでしょうなぁ。

● 自転車用のGPSロガーの方がずっとスマートだ。スマートだけれども,GARMINのいいやつだと8万円くらいか(もっとする?)。
 だとすると,手持ちのスマホで何とかしたいと思ってしまいますなぁ。8万円あれば,安めのロードを買えるし,けっこういいスマホを買えちゃう額ですよ。

● ま,ぼくの場合はまず骨折を治して,その後に自転車復帰を相方に認めさせるという,難しい交渉事が控えているんだけどね。

2018年6月8日金曜日

2018.06.08 自転車日本一周

● FBの大きなお世話の筆頭は「知り合いでは」という友だち紹介。知り合いなんかいたためしがない。
 が,ここのところ自転車絡みの投稿を連投してたら,“自転車人”の紹介が増えた。自転車で日本一周中の人,すでにやった人。それらのいくつかを読んでみた。

● でね,どうも大仰だなという印象を持つんだよね。日本一周中というプレートを作って,自転車に括りつけていたり。何か凄いことをやっていると思っているような。
 多くは20歳前後の若者たちだから,そのポーズにも可愛げがある。だから許される。が,同じポーズを中高年がとったら,単なるバカ以外ではあり得ない。

● 日本一周なら誰でもできる。どこに行っても日本語が通じるんだし,コンビニや自販機はどんな田舎にもある。キャンプ場や道の駅もそちこちにあって,テント泊するにも困らない。治安はいいし,車のドライバーにも無茶な運転をする人はそうそういないから安全だ。
 必要なのは普通に健康であることと,暇とサムマネーだけだ。

● 実際,自転車で日本一周をやった人はかなりの数になるだろう。稀少性はない。稀少価値以外の価値はないのだから,自転車での日本一周に価値などない。
 徒歩とかリヤカーを引きながら日本を一周してる人もいるが,事情は同じだ。下手すると,世界一周も同様になりつつある。

● たんに一周するだけなら価値はない。そこにどうやって付加価値を付けるか。
 ここでもわりと画一的な方向があるようだ。現地の人たちや同じ自転車人との交流がそれだ。その付加価値の付け方で巧くいっている人もいるし,そうじゃない人もいる。
 自分ならどんな方法で付加価値を付けようとするだろうか。ここでバタッと思考が停まってしまうんだな。

● しかし。価値があることがナンボのものか。それを言うなら,この人生を生き抜くことにどれほどの価値があるのか。
 大仰だなと思いながらも,自転車日本一周の様子をFBに投稿している若者たちに好意を持つのは,彼らがやりたいことをやっているからだ。やってみようと思うことがあって,実際にそれを行動に移している。それで充分だ。
 その行動に価値があるかどうか。そんなことは他人が決めればいい。俺の知ったことか。その姿勢でいつかやりたいね,自転車での日本一周。“単なるバカ”でかまわないから。

● さて,と。ここまで書いてきて,それを撤回するようで恐縮なんだけれども,自転車で日本を一周するというのは,それだけですごいことなのかもしれない。
 毎日飽きることなく100km程度を走り,雨や風と戦い,テントを張れるところを探し,布団ではなく寝袋にくるまって眠り,インスタントラーメンや食パンで腹を満たし(そうじゃない人もたくさんいるだろうけど),パンクや故障を自分で何とかし,足りなくなったものを補充しながら進んでいく。
 いちいち面倒なことばかりだ。それをやれるのは大したものなのかも。2,3日のツーリングと日本一周は別物なのかもね。
 だから,現在,日本一周を進行中に人には,まずもってなしとげてくださいと申しあげたい。“付加価値”をあまり直截に追い求めない方がいいような気がする。

2018年6月5日火曜日

2018.06.04 憂きことの なおこの上に

● 6月1日(金)は出勤した。車も安全運転で。事実上,片手しか使えないので。
 途中,自転車もピックアップできた。これでひと安心だ。

● 自転車を置いてきた場所(真岡市飯貝の熊野神社)にたどり着くのに,けっこう時間を要してしまった。こういうのは最初の入口が重要で,そこを誤ると厄介の中に頭を突っ込んでいくことになりがちだ。そこだけは地図でよく確認しなければ。
 しかも,通勤で毎日走っている道路に“熊野神社はこちら”という標識があったのだ。それを見て,熊野神社ってどんなところなんだろうと思ったことがあったのだった。
 その熊野神社と自分が自転車を置いてきた熊野神社が結びつかなかった。言葉の本来の意味におけるバカとは,こういうヤツをいうのだろう。 

● 左眼の際にもけっこうな縦傷がある。眼が無事だったのは,弾け飛んだレンズのおかげかも。
 ある程度速度を出している状態での転倒は,大事故につながりかねないのだ。ぼくの例を他山の石として,気をつけて下さい,自転車族の皆さん。

● ところで。くそっ! 仕事がはかどらん。
 ペンがまともに持てない。握力が出ない。ペンが皮膚にあたると痛い。まいったぜ,セニョリータ。

● 2日(土)。いい天気だ。自転車で矢板の八方ヶ原まで走ってきたいものだ。のに,ただいま,Fクリニックの待合室。左手のギプスは4週間とれないらしい。
 高いものについたなぁ。2秒間のよそ見。風呂もままならないし,ヒゲを剃るのも大変だし,ペタンと座ってしまうと立ち上がるのも。洟をかむのも,ケツを拭くのも。この程度ですんでよかったとも思うんだけどね。

● 4日(月)。先月29日にやらかした自転車転倒事故でグラグラしだした前歯が,ついに抜けた。歯欠け爺になっちまった。コン柱群の上に投げだされたんだから(たぶん),仕方がないっちゃ仕方がないんだが。
 また,余計な時間と出費が。かまわず,放っておくか。とはいつても,前歯だからなぁ。笑うと速攻で笑われるからなぁ。

2018年5月31日木曜日

2018.05.31 自転車事故後の変化

● 自転車事故後の変化3つ。
 1 すぐ眠くなる。いくらでも寝れる。
 2 食欲がない。食べないでいられる。
 3 出かけたくない。ずっと家にいるのが平気。

● そげなことを言ってても仕方がないので,これから宇都宮に行って,メガネを作ってくる。これがないと車の運転もできない。自転車を取りに行くこともできないからな。
 んでも,玄関を出るのがすっげえ億劫なんだわ。

● というわけで,宇都宮駅ビルに入っている「JINS」でメガネを作ってきた。が,遠近両用の場合,できあがるのに1週間かかるらしい。
 もうひとつメガネを作っとくんだったと思っても,ここでも後悔先に立たず。

● それまでは,外れたレンズをうまくはめ込んで,事故にあったメガネを使うしかないんだけど,その片われが相方のバッグの中にある(たぶん)。
 遠視のない近視だけのメガネがあったはず。車の運転はそれで可能かも。が,それがどこにあるのか見つからない。困ったものだ。
 つまり,自転車をピックアップに行けないでいるのだ。2日経っているのに。明朝,早く出るしかないかな。

● ところで。左手がほぼ使えないので,駅で切符を買うにも少し手間どる。車内で本は読める。が,電車が宇都宮に着いたときに,読みかけの箇所に栞を挟んで,本を閉じて,バッグにしまうという一連の動作にも手間どる。
 するとどうなるかというと,世間の動きがかなり速いと感じる。バタバタしてしまう。付いて行くのが大変だ。松葉杖の人なんか,どう感じているのかね。

● もうひとつ発見あり。パソコンのキーボードも片手で打つことになる。したがって,速度が落ちるのは仕方がないのだが,打鍵するキーを間違えることが頻発するのだ。これはある意味,新鮮な発見だ。ゆっくりなのに,なぜ間違う?
 タッチタイプで高速入力する方がタイプミスは少なくなる。いや,それは当然のことか。

2018年5月30日水曜日

2018.05.30 転倒し 自分の血を まざまざと見る 2

● 事故翌日の夕刻,相方に付き添われて,地元のFクリニックに。
 今更病院に行ってみたところでしようがないよ,と思ったけれども,相方が心配してくれてるのもよくわかるし,迷惑をかけてしまっているのもわかるので。

● で,腫れている両手のレントゲンを撮ってもらうことに。痺れのひどい右手は異常なし。が,腫れているだけの左手に骨折があった。
 そこ,ぜんぜん痛みはないんですけどねぇ。
 でも,きれいに折れてますよ。ボクサー骨折といわれるんですけどね,ボクサーがパンチを当てたときに折れやすいところですね。
 サイクルグラブで保護されてたところなんですがねぇ。
 グーの状態で手をついたんじゃないですかね。折れやすいところなんですよ。財布を持って転ぶとかでも折れることがありますから。
 そういえば,最初に腫れたのはそこでしたね。
● というやり取りをして,固定具を作ってもらうことになった。骨を矯正して固定する。その矯正のときはかなり痛かった。女性が出産するときの痛みはこんなものじゃないはずだ,と言い聞かせて耐えましたよ。
 右手の中指も固定された。これじゃパソコンのキーボードが叩けないから,仕事にならない(この状態だとスマホの方が扱いやすい)。
 困ったもんだ。それもこれも,すべて自分の不注意に起因するのだが。

● 病院にいる間に雨になった。しかも,かなりの降り。自転車を取りに行かなければ。恐る恐る相方に回ってくれるよう頼んでみた。が,自転車なんてそのままでいい,と。アララ。
 完璧に働いてくれていたのに,乗り手がヘマしたばっかりに,この雨の中を濡れているのか。たまらんなぁ。

● こうなって気づくことが2つある。
 ひとつは,人の身体機能は全であって初めて一であることだ。どこかが失われると,喪失箇所はそこにとどまらず,全体が影響を受ける。
 身体に障害を抱えている人は,見た目以上に大変か。それが常態になると,新たなバランスが生まれるのかもしれないが。

● もうひとつ。配偶者への依存度の高さ。何だかんだ言って,それは痛感する。
 ぼくのような男と結婚してしまい,あまつさえこういう頓馬の尻拭いもさせられる。
 でも,アホタレと悪態をつきながらも,どことなく嬉しそうに見えるのは,こちらの欲目というやつか。

● あ,あともうひとつ。ぼくはまだ多少なりとも給料を運んでいるからアレだけれども,完全引退してからこういうことを仕出かすと,たんなる穀潰しになってしまうのかも。
 配偶者や周囲からそう言われる前に,自分でそうだと決めつけちゃうかもしれない。ちょっと切ないね,これ。

2018.05.30 転倒し 自分の血を まざまざと見る

● 昨日のこと。
 やっちまった。自転車通勤。五行川サイクリングロード。職場まであと数キロの地点で転倒。

● 頭部の打撲はなし。首から下は無傷。骨に異常はない。前歯が1本グラグラする。顔面から出血。五行川の水で洗い流し(それしかないから),来ていた下着を脱いで顔を押さえていた。出血は止まったが,これじゃ職場には行けないから引返す。
 自転車は大丈夫のようだ。ただし,左右の指が細かく痛むので,ハンドルを握れない。しばらく休んでからにしよう。
 このとき,横になりたいと思った。こうした事故はたとえ軽症でもけっこう消耗するらしい。

● メガネ破損。自転車も無傷というわけにはいかなかった。前輪がパンクしていた。タイヤがわずかに裂けている。
 向こうに神社があるので日陰に避難(水道が使えたのはありがたかった)。パンクを直して自走で帰ろう。

● 予備チューブは持っている。が,指が思うように動かないので,難儀。事故ったのは8時。5時間以上経過するのにまだ現場の近く。
 チューブ交換後のタイヤのはめ込みができない。残り20センチがどうにも。ミニベロでも苦労したけど,これほどではなかった。コツがあるんだろうか。これではパンクの修理も自分じゃできないことになる。
 さらに粘ってみたが,諦めることにした。自転車は逆さにして神社に置いていくことにする。盗んでいく人もいないだろう。

● 一般道まで歩いてタクシー会社に電話した。顔はフランケンシュタインさながらだし,服には血糊がアチコチにあるので,これでタクシーに乗るのは憚られたんだけど,しようがない。
 家に戻ったときにはグッタリ。病院に行くのは拒否。そのまま横になった。両手の中指,薬指の第二関節から先に,疼痛あり。2秒に1回,痛みが走っていく。
 それが眠るのを妨げてくれたが,いつしか寝入っていた。

● 日本広しといえども,今日1日をこれだけ益体もない過ごし方をした人はそうそういないだろう。

● さて,一夜明けて。顔の傷は絆創膏を貼って隠せるし(顔は腫れていない),両手指の疼痛も消えた。痺れてはいるが。
 出勤できるかなと思ったんだけど,問題は指に力が入らないこと(しかし,サイクルグラブを付けていたから,この程度ですんだと思う)。車のハンドルを握れないかもしれない。
 ので,相方の言うところにしたがって,休んでしまうことにした。

● 病院にも連れて行かれそうだ。自然治癒力でOKの範囲というのが自己診断なのだけどね。
 それより,自転車を取りに行かなくちゃ。メガネも直さなくちゃな。自転車も販売店に持っていかなくちゃ。自分じゃどうにもできないんだから。ホイールも歪んでいるかもしれないし。

● サイクリングロードで転倒なんて,普通ならあり得ないことだ。超初心者コースでなぜ転倒する?
 調子が良くて快調に飛ばしていたことは事実だ。自己ベストを更新できそうでルンルン気分だった。
 が,30km/h出そうが,40km/h出そうが(ぼくには出せないが),ちゃんと前を見て走っていれば,自転車は安全な乗物なのだ。普通に整備した状態で乗っていれば。だから,速度が出ていたのは確かだけれども(しれた速度ではある),それが転倒の原因ではない。

● よそ見をしてしまったのですよ。裾バンドが緩んできたような気がしたので,自分の右足首を見てしまった。時間にすれば2秒くらい。
 これでハンドルが右を向いてしまった。これがあと2m先であれば土手の斜面を滑っていくだけですんだと思うんだけど,たまたまそこだけコン柱が何本か,鉄パイプが何本か,まとめて道路際に置かれていた。そこに乗りあげてしまったんだなぁ。

● 乗りあげてもコントロールはできたかもしれない。そこでアッと思ってしまった。アッと思ってしまうのはコントロールの放棄だもんね。そこで勝負あった。

● ともかく,裾バンドが気になるのであれば,速度を落とすか自転車を停めて確認すべきだった。それを怠ってしまった。
 それ以前に,緩んでしまうような安物の裾バンドを使っていたことが絶対的なミスだ。

2018年5月28日月曜日

2018.05.28 1日損した

● 天気予報では夕方から雷雨があるかもというので,自転車通勤は自粛。が,雨は降らなかった。これなら自転車で出勤すればよかった。

● 自転車はね,通勤をメインに使いたいんですよね。休日は別なことをしたい。
 それが思うに任せないものだから,休日にしわ寄せが来てしまう。平日に乗れなかったんだから,休日に乗らなきゃって。休日に乗るんだから50kmや60kmじゃなくて,ある程度の距離を乗りたいな,となる。
 結果,休日にやりたかったことが滞ってしまう。どうもバランスが悪い。

● 通勤に自転車を使わない第一の理由は,寝起きの気分。どんよりしてるので,よし自転車で,って気持ちになりにくい。
 つまり,主たる理由は自分側にある。したがって,ここは改善が可能だし,改善すべきだ。

● もうひとつ,今月はわりと天候不順。不順というほどでもないんだけど,夕方から雨とか,わりとあった。
 自分が濡れるのはかまわないけど,自転車を濡らすのは嫌だ。

● といって,1年以上も乗らずにいたんだからね。それなのに1日損したっていうのもなぁ。

2018.05.27 粕尾峠と古峰ヶ原街道

● 明日からまた天気が思わしくないらしい。だとすると,今日は乗っておかないと,だいぶ間があいてしまうかもしれない。
 ではどこに行こうか。栃木県秘境探検ツァー(?)を進めるしかないか。2年前の八溝山に行って以来,中断していた(自転車自体に乗らなくなっていた)のを今年4月に再開して,鷲子山,茂木の入郷,深沢と走ってきた。
 難易度の低いところはこれで終わったと思う。これより先は中級編,上級編になる。

● これまた長らく中断している“私家版ツール・ド・栃木”も再開せねば。基本的にはこちらを先にして,秘境探検ツァーなどというのはその後がいい。
 が,“私家版ツール・ド・栃木”は泊を伴うことになるので,ちょっと先に回して,今日は秘境探検ツァーに出ることにする。中級編になるか上級編になるか,行ってみなければわからないけれども,鹿沼の秘境を走ってこようと思う。

● いったん氏家に出て,293号で鹿沼に向かうことにした。このコースは遠回りになるんだけれども,走りやすさを優先することにした。
 一度,このコースを鹿沼まで走ったことがある。そのときの記憶に基づいてそう決めたんだけど,特に走り安いわけでもなかったかな。

● オートバイのライダーが多かった。徒党を組んでブイブイ言わせている。今どきオートバイに乗って悦に入っているのは爺に決まっている。
 ぼくの後に付いてくるオートバイがあった。因縁でもつけようとしてるのか,こいつ。そうじゃなくて,すぐ先のコンビニで立ち寄る手はずになっていたようで,そこに向かうところだったらしい。すぐそこだったので,ぼくを抜いていくのが面倒だったのだろう。
 コンビニの入口前で爺たちがヤンキー座りでたむろっていた。爺になっても徒党を組まなければ遊べないとは,哀れ惨憺たるやつらだ。いや,待て。爺になっても一人でしか遊べない方が哀れか。

● 自転車のライダーも多い。こちらはだいたい一人。十字路で信号待ちをしていたら,目の前をキャノンデールに跨がった若者(といっても30歳は過ぎているだろう)がこちらに挨拶をしてサッと通り過ぎていった。カッコいいなぁ。若さだよ,山ちゃん。
 ぼくもあの年齢のときに自転車に乗っていればなぁと思わぬでもない。が,その頃って自転車の低迷期で,その発想を持てなかったのだから仕方がない。
 当時もチャリダーはいた(チャリンコ族などという言葉があった)。彼らの中の誰かが書いた自転車本を読んだこともある。それでも自分も乗ってみようとは思わなかったのだから,これはもうしょうがないのだ。

● 日光街道と交差。徳次郎の集落だ。これ,トクジラと読むのだと思っていたのだが,信号機の標識板にはtokujirouと書かれていた。地名は文字よりも音が重要だ。もともとはトクジラと言っていたのではないか。徳次郎という字をあてたのがいつの頃かは知らないけれども,文字に引きずられて地名の呼び方が変わってしまうのだとしたら,はなはだ宜しからずと思う。
 江戸期には,日光への宿場町として栄え,賑わっていたというのだが,今はバーミヤンのしゃぶしゃぶ食べ放題のポスターが異彩を放っている。

● さらに進むと,「ろまんちっく村」が現れた。その存在は知っていたけれど,訪ねたことはない。どんなところなのか覗いていくことにした。
 巨大な道の駅だな。賑わっていた。けっこうなことだ。

● 次は多気不動尊。寄っていこうかと思ったけれど,参道の勾配を見て,その思いは瞬殺された。こんなところを登っていけるはずがない。
 ところが,その参道を自転車で下ってくる人がいるのだ。ここを登ったのか。どこかに別な進入路があるんだろうか。たぶん,後者だ。
 ここからは大谷も近い。いずれ,多気不動尊と大谷を訪ねるために休日に自転車を漕ぐことになるだろう。

● 愚直に293号を進み,大門宿の信号を右折。県道鹿沼足尾線に入る。すぐにコンビニ(ミニストップ鹿沼樅山店)が現れたので,人間エンジンにガソリンを飲ませることにする。
 イオンのプライベートブランド(TOPVALU)のお茶があった。このコンビニはイオン系列らしい。エネルギー補給は納豆巻きとチーズタルト。納豆を喰っとけば何とかなるという納豆信仰。ポパイにおけるほうれん草のようなものだな。

● この路線に入ってもオートバイ野郎が多い。徒党を組んで走りやがる。
 ロードバイクともすれ違う。そう,すれ違うのだ。足尾から登ってきたんだろうか。ほぼ全員がサイクルジャージを着ている。ぼくはTシャツに半ズボンで走っている。もちろんヘルメットはかぶっているし,手袋もしているけど。
 姿格好が実力を現している。ぼく,あなた方よりヘタレですよと語っているようなものだ。それでいいのだ。

● これだけはやらないと決めていることが2つあって,ひとつはビンディングペダルの使用。もうひとつはサイクルジャージの着用だ。
 ビンディングペダルはペダルを引きあげる力も推進力に変えるから,使うか使わないかで出せる速度が違ってくると言われるし,サイクルジャージも空気抵抗を減少させるらしいんだけど,そもそもそのレベルを云々するほどの力がぼくにはない。普段着で走る親父サイクリストでいいのだと居直っている。

● 山肌が削られている。何ごとかの工事をしているのだろう。こういう光景を目にすると,そのようなことはしない方がよいと思ってしまうのだが,その多くは素人の感傷なのだろうな。
 道路に沿って流れているのは思川。思川を上流に遡る行程でもある。この川が小山市内を流れて,JR両毛線の駅名にもなっているわけだ。何のつながりもないことだが,両毛線が思川駅に着くと,韓国の洛東江駅(慶全線)を思いだす。川の雄大さはだいぶ違うのだが。洛東江駅,現在は旅客扱いを停止しているらしい。ほんと,どうでもいいことで申しわけない。

● 下粕尾をあっという間に過ぎて中粕尾に入る。この中粕尾が広い。行けども行けども中粕尾。
 上粕尾の標識を見かけたときは,やっと上まで来たかと思った。上粕尾はどこまで続くか。粕尾峠までだ。この時点でだいぶ上ってきた感があるんだけれども,本格的な峠越えはこの先だ。
 ここで給水休憩。自販機があったのでキートレモンを。

● しばらくは余裕だったのだが,給水ではない休憩を取ってしまった。40歳くらいのライダーがぼくに挨拶をして登り去っていった。息は荒かったが,ギアを余している。凄いものだなぁと感心して見送った。
 休むと足が軽くなるので,ギア比最大で登り始める。が,500mも行かないうちにまた休んでしまった。こんな調子だと,あと10回も休めば粕尾峠に着くだろうか。

● 実際にはこのあと休むことはなかった。なぜなら自転車を押して歩いたからだ。通算で500mはそうしたかもしれない。つづら折りになると帰って楽になる。勾
配が緩くなるからだ。
 それでも歩く局面があった。そこへ下りの車が止まった。窓を開けて美しいご婦人が声をかけてくださった。上まで登るんですか。えぇ,近いですよね。えぇ,まぁ。というやりとりをして,逃げるようにぼくは去った。なぜなら,このとき歩いていたからだ。恥ずかしいところを見られてしまったという羞恥心ね。

● この先が峠かと何度も思った。が,そのたびに裏切られた。粕尾峠は遠いのだった。
 それでもやっと,着いた。ここが峠か。木々に囲まれているので,はるかに足尾連峰を臨むというわけにはいかないけれども,しばらくウロウロしてしまった。

● このまま直進して降っていけば足尾の里。右に進路を取る。県道草久足尾線,通称,古峰ヶ原街道だ。
 その古峰ヶ原街道に入ると,景観がだいぶ変わる。那須を思わせる高原の様相を呈する。もちろん,那須に比べると,面積は猫の額ほどに思われるのだが。

● 山ツツジが咲いていたり,紫色の藤の花があったり,道路沿いの風景も心和むものだ。けれども,ぼくは意気消沈している。古峰ヶ原街道は上りだったのだ。
 粕尾峠がこのあたりの最高地点だと思っていたのだ。最初から下りだと思ったのだ。上りに対応できる脚力などもう一滴も残っていない。遠慮なく押して歩いた。
 しかも,この上り,すぐには終わらなかった。1km,いや2kmはあったか。その間,ほとんど歩いてしまったのだ。

● 下りになると,いきなりかなりの勾配。粕尾ですれ違ったライダーの中にはここを登ってきた人もいるんだろうか。だとすると,超人だな。こんな急坂,ぼくは絶対に登れない。ほとんどヒルクラ
イムのコースだと思う(→地元ではヒルクライムコースのアピールもしていた)。
 ブレーキを使いすぎて手に力が入らなくなりそうだった。下りで休憩したのは初めてだ。

● とはいえ,深山の霊気というか冷気というか。めったに味わえない空気が染みてくる。つがいの猿が(猿につがいがあるのかどうか知らないが)道路を横切っていた。
 だいぶ下ってきたなと思ったところに古峯神社があった。土産物店が軒を連ねている。かなりの賑わい。
 この神社も天狗印だ。修験道が始原なのだろう。霊験あらかただったのだろうか。商売が巧かったのだろうか。これほどの大神社に成長した。
 っていうか,勝道上人の日光開山の由緒を持ってるからね。

● 下ってここに来たので,ここは低地なのだと勘違いしてしまった。この場所なら奥宮があるのではないかと思った。が,鹿沼市街からここに来るにはかなり上らなくてはならない。とすると,奥宮はないんだろうな。
 横根山にある「深山巴の宿」に奥宮を祭ってあるようだ。が,それは比較的最近のことではないか。もっとも,社などなくても,「深山巴の宿」それそのものが奥宮であったろうかな。

● 土産物店などなくてもいいからコンビニがあって欲しい,と切に思った。コンビニの1人分の働きが土産物店の10人分の働きに匹敵するだろう。いや,そういうことではなく,土産物店に欲しいものはないからだ。
 鳥居がいくつもあって,入る人も出る人も一礼している。そういう人たちを善男善女と呼ぶのは間違いだ。そんなことで今までの罪科が許されると思うなよ。意地悪くもそう思ってしまうのだ。
 
● 古峯神社を出発。しばらく行くと瑞峯寺がある。鳥居があった。明治の神仏分離の前は,これがあたりまえの風景だったのかもね。古峯神社とのつながりも当然あったのだろう。
 ただ,今日は通過するしかなかった。“一の鳥居”近くの石裂神社も通過。
 このエリアは相当に濃いものがありそうだ。サイクリングの途中に立ち寄るのではなく,そのためにわざわざ来るべきところだろう。
 しかし,鹿沼市街から古峯神社まででも自転車で行く気になるかというと,謹んでご遠慮申しあげたい。“一の鳥居”までなら行けるだろうけど。

● 大芦川に沿ってどんどん下る。いや,古峯神社から鹿沼市街まではかなり遠いのだった。下りだから苦にはならないけどね。
 293号で帰るのは億劫になってきた。短い距離ですむ宇都宮経由にしよう。というわけで,県道宇都宮鹿沼線を進むことにする。この路線の坂などは坂のうちに入らないね。気持ちいいほどスイスイ走れるんだわ。
 途中,コンビニ(セブンイレブン鹿沼府中町店)で栄養補給。塩だいふくとチーズケーキ。すぐにエネルギーに変わってくれるもの。

● 宇都宮の市街地に入って,この県道の旧道を進んでいくと,ユニオン通りに出る。したがって,オリオン通りに直結する。日曜の夜,オリオン通りは若者たちで賑わっていた。溢れるほどにお客さんが入っている居酒屋もある。
 オリオン通りには賑わいが戻っているんだろうか。何だか,とてもすごい発見をしたような気分になった。

● 走行距離は147.67km。距離はいずれにしても,今日のコースはぼくには難易度が高すぎた。この先の栃木県秘境探検ツァーも,自分の脚力では相当に難儀するだろう。
 いったん棚あげするかな。といって,難儀しないだけの脚力がつくかといえば,年齢的にも持って生まれた体質的にも,その可能性はきわめて低い。いったん棚あげすれば,そのままお蔵入りになるだろう。

2018年5月26日土曜日

2018.05.26 『自転車人 2010 SPRING』

編者 山本 聡
発行所 山と渓谷社
発行年月日 2010.05.25
価格(税別) 1,143円

● 烏山の「ステーキハウス クローバー」の待合室にあったもの。特集は「ジテンシャLOVERS 51人のバイクライフ&愛車紹介」。
 51人の内訳は様々だ。プロのレーサーだったり,メッセンジャーだったり,普通に自転車を趣味とする人だったり。

● プロやメッセンジャーにとっての自転車は,プロ野球選手にとってのバットやグラブにあたるものだから,相応の資金を投入するものだと思うんだけども,趣味人もそれに負けず劣らず,自転車本体や周辺機器にお金を投じているんだな。
 それが趣味ってものかもしれん。ドッペルギャンガーのような安い自転車ですませればいいやん,自転車なんて走ればいいやん,というのでは自転車人とは言えない。

● ぼくも,ずっとネット通販で安い自転車を乗り継いでいたんだけど(結局,損をしたと思う),先月やっとリアルの販売店でGIANTのロードバイクを買った。やっと,自転車人になるスタートラインに立てた。
 この雑誌に登場している51人の人たちほどの思い入れは,たぶん持てていない。自分には自転車しかないという背水の陣は敷いていないからね。

● いや,そこまで言うと言い過ぎだ。この雑誌の登場人物たちも,自転車しかないというわけではないだろう。いろんなものを抱えながら自転車とつきあっているのだろう。
 ただ,つきあい方の密度が濃い。そこが自分との違いだ。自分もこうしてはいられない,という気にさせられる。もっとガンガン乗らなきゃ。

● 平野勝之さんのエッセイも。これ,単行本になってないよなぁ。なっているのに読み逃しているんじゃないだろうな。

2018.05.24 茂木町の深沢を走ってみた

● 本日定休日。晴れ。無風。わが愛車(ロードバイク)が,どこでも君の好きなところに連れてってやるよ,乗りなよ,と誘っているようだ。
 いや,別に誘ってはいないんだけど,10日に烏山の解石神社の奥宮に辿り着けなかったのが気になっているので,そのトゲを抜いておこうと思う。
 で,10日と同じコースで烏山の下境に。途中,龍門の滝で給水休憩。

● サイクリングの肝はスピードとタイムを頭から追いだすことだと思う。ヘタレはヘタレなりに気にしてしまうものだ。
 が,トレーニングのために出かけるんじゃないんだから,ゆっくり走って,時間を贅沢に使う。これが楽しく走るコツというかね。
 ぼくの場合だと,スピードとタイムを縮めて喜ぶのは通勤で走るときだけにとどめておきたい。

● 解石神社の前に,稲積神社にも行っておくことにした。入口が少しわかりづらい。神社はあそこにあると遠くからでもわかるんだが。
 ここに来るのは半世紀ぶりになるはずだ。小体な神社だが,神社は大伽藍ゆえに尊からず。いかにも村の鎮守の趣。

● 解石神社の奥宮。前回,いくら何でも来すぎていると思ったところから,さらにかなり登ったところにあったんでした。中腹ではなくて頂上にあった。
 そりゃそうだ。奥宮を中腹に作ってしまうようなズボラを,昔の人はしなかったろうからなぁ。
 中腹にあったと思いこんでいたのは何ゆえか。この記憶の変容はなぜ起きたか。

● ここが解石神社の奥宮への登り口。この石段を登りきったところで90度方向が変わる。
 写真だと斜度のきつさがよくわからないけれども,かなり急。手すりは途中でなくなる。が,8合目くらいから歩きやすくなる。
 そうして登っていくと,奥宮の屋根が見えてくる。参拝するための平地はわずかしかない。うっかりすると転落する。そこま
でのうっかり者はいないと思うが。
 ここから花立峠はかなり近い。

● 今回は小木須には出ず,このまま県道那須黒羽茂木線を茂木まで走ろうと思う。那珂川にそった道路で,下流に向かうわけだから,基本は下りなのだろうと思ってた。
 ところが,まるでそうじゃない。小原沢に入ると延々と続く上りがあった。車では何度か走ったことがある道路なんだけど,車だと勾配なんか気にしませんからね。

● ここまでも山越えはあった。でも,ぼくの脚力でもギアを余して登れる程度のものだ。が,ここでは途中で足を着きそうになった。勾配がきついからじゃなくて,上りが長いからだ。どうにかこうにか登りきれたのは,我ながらエライぞ,オレ。
 那須黒羽茂木線は主要地方道なのだが,このあたりではそんな面影はまるでなくなる。元々あった道を勝手につないで,ナントカ線という名前を付けてるわけだけどね。

● 茂木町との境に木戸不動尊がある。一度見たことがあって,妙に記憶に残っているというか,すごいものだなという印象があるというか。
 ので,今回,二度目の拝観。拝観料なんか取らない。管理人もいない。訪れる人もそんなにいないだろう。

● 天狗の面が印象的なんですよね。“天狗=修験者”だとぼくは単純に思っている。ここも修験道から始まっているのだろう。もっとも,修験道とはそも何かというのを,よくわかっているわけではない。
 にしても。こんなところによく造ったものだ。ここじゃなきゃいけない理由があったんだろうか。

● 茂木に入ると,そこは入郷地区。前回走ったのも入郷だった。山の斜面の下の方の家を見ながら前回は走った。今日は斜面の最上部ということだろうか。入郷は広い。隣の家に回覧板を届けるのも大変そうだ。昔は林業と狩猟で食べていたんだろうか。
 が,茂木に出るとスコン
と何か抜けたような明るさを感じた。峠のてっぺんに出て視界がドッと広がったからに決っている。茂木が明るくて,烏山が暗いわけではない。逆から来れば,烏山が明るそうに見えたはずだ。

● ここからはずっと下り。このあたり,「和の道」と呼ばれるようなんだが,何が“和”なんだ? 桜が植えられている区間があるんだけど,桜ゆえに和なのか。

● 茂木の市街へ。役場の前の道路や八雲神社の前の通りを流してみた。平日の昼下がりの茂木市街は閑散としていた。人がいないのだ。車は時々通っていく。
 数年ぶりの“道の駅もてぎ”。ここは一転して賑わっていた。茂木じゅうの人がここに集まっているのじゃないかと思った。

● 一将功なって万骨枯る,の趣もある。茂木の商店,食堂がここに集中して,そのために市街地はまったく空洞化してしまった。
 とはいうものの,時代に対応するにはこれしかなかったのだろうとも思われる。結果において徹底したスクラップ&ビルドが実現した。集積度は高まったが,スクラップされた分だけのビルドはない(たぶん)。

● 道の駅の「桔梗」でカツ丼セット。1,230円(めったにない昼食千円超え)。この店は蕎麦とわっぱ飯が売りのようなのだけど,そこでカツ丼を注文するという。
 このメニューはカツ丼が主役。カツ丼にハーフもり蕎麦が付いてくるのであって,もり蕎麦にミニカツ丼が付くのではない。どうでもいいことなんだけど。
 でね,蕎麦っていうのは少し食べればいいものだなと思ってね。東京に行った折には,“富士そば”で富士山盛りなんぞを注文して,これを完食できる間は健康ということだなどと,訳のわからんことをつぶやいているんだけど,いい蕎麦は少しでいいし,そんなにたくさんは食べられないものだな。

● 道の駅でだいぶ時間を喰ってしまった。解石神社の奥宮にも行けたし,木戸不動尊も見れたし,これで帰ってもいいんだけども,このまま茂木町を南下しようと思う。
 県道飯茂木線,深沢岩瀬線を走って,茨城県の岩瀬(桜川)に出るルート。逆川に沿って上流側に走ることになるので,基本的には上りになる。
 が,上りらしい上りは県境の200mくらい前からで,あとは緩い勾配の上り。那須黒羽茂木線の小原沢地内の上りに比べると楽だった。

● ここを走ってみることにしたのは,深沢地内を走ってみたかったからだ。でも,何となくダレてしまった。何でこんなことをしてるんだろうと思いながら走った。
 茂木までは解石神社の奥宮と木戸不動尊を見るというモチベーションがあったんだけど,一気に意気が下がった感じ。
 栃木県の秘境といっては失礼だけれども,奥地を走ってみたいと思ってるんだけど,何カ所か走ってみると,奥地はどこも似たような景観だとわかる。日本の原風景と言ってみても,何だか飽きてきた。

● 県境を過ぎると下りになる。この下り勾配がかなりきつい。幅員もぐっと狭くなる。岩瀬側から登らなければならないとなったら,ぼくには絶対に無理だ。押して歩くことになるだろう。
 2年前に八溝山に行ったときもそうだった。黒羽側から登って,大子側に降りた。逆だったら,登れなかった。

● 勾配がきつい分,アプローチは短い。あっという間に岩瀬の市街。
 県道岩瀬二宮線で五行川に戻ってきた。そこから先は勝手知ったるサイクリングロードだ。

● サイクリングロードからも見える長栄寺の山門。この山門以外は消失しているらしいのだが,よくぞこれを残したものだ。江戸初期の建立らしい。
 この姿はどうだ。山門は黙して何も語らないけれども,雄弁に何ごとかを語っているようにも思われる。

● 123.6㎞。ゆっくり走ったのと,休憩を取り過ぎるほどに取ったのとで,まだ体(力)が残っていた。7年前に同じくらいの距離を走ったときには,ヘロヘロになった。
 当時より体力が向上しているなんてことのあるはずはないから,あげてロードのおかげだと思う。ロードだから走れる。長い距離を楽に走れる。年寄りほどロードに乗るべきだ。ロードって,それ自体が補装具付きの自転車なのだ。

● 栃木秘境探検ツァー(?),難易度の低い順に進めてきたけれども,日帰りで可能なのはそろそろ終わりかな。200㎞を軽く走破できる脚力があれば別だけれども。
 それとも訓練を兼ねてもう少し粘ってみるかな。次は,鹿沼から粕尾峠まで登って,古峰ヶ原街道を通って帰ってくるというコースを考えているんだけどね。

2018年5月23日水曜日

2018.05.22 自転車通勤-復路を普通に走れた

● 自転車通勤。27.96kmを1時間11分54秒。平均速度は23.3km/h。自己ベストにわずかに及ばず。

● 信号待ちをしているところに,例の(?)ホンダマンがやってきて,サッとぼくの前に出た。ちょっと待ちーな,前に出るなら挨拶くらいしていかんかい。というようにはまったく思わず。お先にどうぞ,ぼく,遅いですから。
 今日は後に付いていくことにした。距離にして2km程度。27~28km/hで走っているようだった。これが28km/hの感覚かと身体で教えてもらえたのはありがたい。

● 彼は次の十字路を右に曲がっていく。ぼくは直進。すると,スピードがガクンと落ちたのは言うまでもない。
 年齢的に彼の速度で巡航するのは無理だけれども,体重をあと10kgは落とせる余地があるのが,ぼくの強みだ。
 つまりだ,もっと速く走れる可能性はあるってことだ。年齢的には無理だけど,体重的には可能。

● 復路は29.17km(ちょっと道を変えてみた)を1時間22分8秒。平均速度は21.3km/h。こちらは自己ベストを大幅に更新。復路で平均速度が20km/hを超えたのは初めて。かなりうれピー。
 しかも,帰宅した時点でまだ余裕があった。ヘタレにもヘタレなりにロードの恩恵はありますなぁ。

2018年5月21日月曜日

2018.05.20 羽黒山頂へ

● 本日,北東の風,強し。自転車を乗りだすのは諦めた。風に怖じ気をふるってしまったのだ。
 午後からやんでくれれば,上河内の羽黒山に行こうかと思うんだが。プチヒルクライムに挑戦してみる。

● で,午後は風がほぼ止んだので,羽黒山頂まで行ってみた。走った距離はたったの37.61km。
 羽黒山は低い山だ。30年も前になるけれど,車で山頂まで行ったことがある。ので,プチヒルクライムと言ってみたわけなんですが。

● 入口から道路を見ると,とんでもなく勾配がきつい。こんなところを登るのかと思ったら,早々に引き返したくなった。が,ここは車を置いて歩く人のためのもので,100mも行かないうちに駐車場があって,そこから先は人が歩ける程度の細い道になってるんでした。
 車で行くのは別の入口。はじめのうちは楽勝と思わせる勾配でしかなかった。イノシシが出没するから注意せよとの標識が出ていた。イノシシを見かけたら速攻で回れ右しようと思う。

羽黒山神社の御神水
● が,だんだん勾配がついてきた。アカンかった。5回,足を着いた。山頂まであとわずかというところで,動けなくなって中休止を貪ってしまった。
 キツイんだわ。どれくらいキツイかというと,吐くものがないのに吐きたいという感じなんですよ。

本堂。とは神社の場合は言わないのか。
● ロードで来てる人がぼくの他にもいた。グイグイ登っていくのだ。山頂に着いても自転車から下りずに,そのまま降っていくのだった。そしてまた登ってくるのだ。
 プロ(宇都宮ブリッツェンのメンバーとか)ではなさそうだ。素人さんのようだ。ヒルクライムの練習をしているのだろう。
降りも速い。ぼくはあんなに速くは降れない。彼我の差に唖然とする。
 かくなるうえは,これからは“ヘタレのサンゾー”と名乗ることにしよう。

● ただし,だ。5回足を着こうが,山頂を目前にして中休止しようが,ともかく自転車で羽黒山頂に登ったぞ。
 これについてツベコベ言うやつには,“だったらおまえ,自分で登ってみぃ。このアホンダラ!”と言い返すことにするぞ。

● 山頂の羽黒山神社は,由緒ありげなのに慎ましやかな佳きお社だ。御祭神は稲倉魂命(うがのみたまのみこと)。鳥居は改修工事の最中だった。
 御籤も100円。300円のところが多いと思うんだけど。引いてみたら大吉だった。とはいえ,御籤とは何かといえば,大量に印刷された紙片の中の1枚に過ぎない。

● 山頂からの眺めはなかなかのものだった。標高は458m。周りは平地(関東平野のほぼどん詰まり)。広々と視界が広がるのだった。

2018年5月17日木曜日

2018.05.17 氏家までポタリング

● さて,今日は自転車でどこを走ろうか。293号で鹿沼に出て,鹿沼足尾線を粕尾峠まで登り,古峰ヶ原街道を走ってみるか。
 それとも,土浦まで往復して数年前のリベンジを果たそうか(そのときは,筑波山の麓までしか行けなかったのだ)。
 と,前日までは考えてたんだけど,家事(?)で出発が遅れたので,どちらも諦めた。

● 近くをポタリングするかと思ったら,雨が降ってきちゃったよ(慌てて洗濯物を移動した)。間が悪いなぁ。
 でも,どこに行くかと地図を見るのは楽しい。コンビニで買った「栃木県道路地図」(昭文社のライトマップル)が活躍中だ。地図はスマホの画面ではダメだ。広いエリアをパッと視認できる紙の地図がいい。

● その雨,にわか雨というか通り雨で,すぐに上がったんだけども,これで出鼻をくじかれた。とはいっても,明日の天気は思わしくないようなので,今日は乗っておかねば。
 行き先はどこでもいいんだけど,鬼怒川を超えるのはどうも億劫だ。鬼怒川の東側で動いている。今回もとりあえず,氏家のビッグワンTSUTAYA までポタリング。もちろん,ビッグワンTSUTAYAに用があったわけではない。
 往復しても15kmに満たない。これじゃ走ったうちに入らないねぇ。

● したら,相方から連絡があった。氏家まで出てこれないか,と。塩谷町に出張したらしい。帰りに氏家で夕食を食べちゃいましょうというわけだった。
 ので,再度,氏家に。もちろん自転車。2往復して30km弱になったので,まぁまぁ良しとする。

● ただねぇ,わが家から氏家まではほとんどフラットだし,今日は無風に近い状態で走れたのに,平均速度は20km/hがやっとなんだよね。
 もう少しスピードが欲しいっす。以前,ミニベロで走ってたときは20km/hを超えたことなんか一度もなかったから,ロード効果はたしかにあるんだけれども,もうちょっと人間エンジンを改善しないといけないっす。
 年齢的にかなり厳しい状況ではあるんだけど,老骨に鞭打つんじゃなくて,老骨に油をさすっていうかね。

● 相方と落ち合ったのは百均寿司の「魚べい」。高根沢にあった「元気寿司」は撤退しているから,この近辺では貴重な回転寿司店なのだ。